アメフトの試合のアルバム[2009年11月20日(金)]

先日開かれた、学部対抗のアメフトの最後の試合にて。4戦全敗の記録を作るもチーム内の結束力は高かった。最後の試合は我が大学で一番大きなスタジアムで開催された、良き思い出。

私が属したオフェンス・チームのメンバー。右から回ってキャプテンのエリック、
クリス、私、チェルシー、エメリク、バーバラ、ロゼラ。
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攻撃の合間の作戦会議。たった10数秒の間で次の動きを全て決める。
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攻撃の最中。私はスピードを生かして敵陣地に切り込む役。
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Posted at 08:57 | 写真 | この記事のURL | Clip!!

日本帰国ほぼ決定だよ[2009年11月19日(木)]

年末に1週間ほど東京に戻る予定です。忙しい時期だから基本的に家族との大切な時間を過ごす事が目的。最近新しく加入した家族のメンバーに初めて会えるのをとても楽しみにしている。将来いつの日かこのブログを見つけて、私がどれほど会えるのを楽しみにしているか、知って欲しいと思う。

ここ最近、後輩から研究の相談が増えた。昨日はバーバラ、今日はハオチアン。バーバラのは対反乱軍戦略と軍事介入を混ぜた面白いネタで、私もこれから色々助ける事ができそうだ。ハオチアンのは私の専門からは少し離れるが、国家の脅威の知覚の問題を深く鋭く考察するもので、今後の発展を楽しみにしている。
 

Posted at 09:43 | 教育・TA・学部 | この記事のURL | Clip!!

民主党の日本外交とオバマの訪日[2009年11月15日(日)]

数日前に書いて以来の日米関係(日米関係の正念場)。この数日間、日本の報道機関はオバマの訪日を大きく伝えているが、最近はこの二国間のネタが少なくなればなるほど、日本にとって良いと思えるようになってきた。ある意味アメリカにとってもそうではないだろうか。

鳩山政権の外交パフォーマンスにはいい意味で関心している。自民党による長期政権の堕落した、変化と戦略のない対米政策から大きく脱却し、独自の世界観に基づいて近い将来の日本の方向性を模索している。その世界観の熟成にはもう少しの時間が必要だろうが、現時点の方向性に特筆すべき間違いは見られない。特に関心するのが、選挙のためのプラットフォームにできるだけ堅実に政策を練っている点。日本のマスコミも自民党も、民主党によるマニフェストの矛盾を今か今かと待っているのだが、中々弱点を晒していないのが今の民主党である。

今回のオバマ訪問については、広島と長崎の訪問もアジェンダの一つだったようだが、アメリカの幾つかの報道を読む限り、特に真面目に考慮されていた計画ではなかったようだ。広島を訪問したルース駐日大使もオバマに対して明確なコミットメントを表明させるようとはしなかった。アメリカの退役軍人への考慮、アメリカの核戦略への影響、国内政治への配慮などを考えれば両市への訪問は極めて難しい政治判断である。それだけでも大変なのに、あの小浜市の、己の名を政治的に悪用した断続的なアピールを考えれば、オバマにとっては重いくらいの日米関係だろう。鳩山政権からのアフガニスタンや沖縄に対する強いコミットメントがない限り、訪日には実際1日で充分だったと思う。

あの有名なネルソン・レポートを読んでいて思うのが、他のルートでは仕入れにくい面白い情報を掲載している一方で、それを読む日本のマスコミ、外交関係者、各省庁、そして財界の方々は気をつけなければならない。それが伝える日米関係のネタは毎日「政治的」意味合いのある、断片的に選ばれた情報がほとんどで、必ずしも日米関係を包括的に、かつ公平に分析しているものではない。読む内容によっては、私は時々このレポートが日本の外務省関係者に間接的に影響を与えるべく作られた外交の道具として思えてしまう。最近の沖縄の問題に関しても、日本の親米マスコミがするようなアメリカの国益に沿った書き方をしており、あくまでアメリカのマスコミの一環として捉えられるべき報告書だと思った。
 

Posted at 10:12 | 政治・政策 | この記事のURL | Clip!!

日本人の先輩はいなかった![2009年11月11日(水)]

月曜、いつものように学部をシブく歩きながら、今まで一度もやっていなかったことをしてみた。事務の方々に頼んで卒業生名簿を見せてもらって、今までうちの学部を卒業した日本人は果たしているのか、という事を調べてみたんよ。

そしたら予想通り、日本国籍の卒業生は誰一人いなかった。入学した人は過去にいたかもしれないけれど、卒業した日本人はいなかった。残念。ただ日本語の名を持つ方を一人見つけたので調べてみると、国籍はアメリカと書いてある。確かに日系米国人は結構いそうで、特に驚く事でもない。実際に私が入学した前の年にも日系米国人が一人入学している(中退したけど)。この記録は1970年台前半からのみだからそれ以前の資料は見ていないけれど、時代を考えてみれば恐らく誰もいないんじゃないかと思う。結局俺に先輩はいなかったんか。

後輩もいないんかー悲しい

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月曜夜は再び学部対抗のアメフトの試合。今学期は全部で3試合して一度も勝っていなかったけれど、なぜかプレイオフ出場が決まり(勝敗に関係なく出れる)、昨日が我が学部にとっては最後の試合。私はいつもの通りオフェンスのチームで出場。ワイドレシーバーとしてプレーして、パスを2度受けて少しヤードを稼いだけれど、今回はそれがベスト。いつものどおり得点を入れられず、相手チームには2度入れられて、今回も敗退。結局今学期、うちの学部は一度も勝ったどころでなく、1点を入れられずに終わってしまった。

試合後、いつものように円陣を組んで、チームメイト全員の貢献を称え、いやー楽しかったねーと笑顔で話してた。午後8時過ぎ、皆で近くのバーで慰め会開始。皆でワイワイ飲んで、団結力が高まった後のパーティはほんと楽しかった。
 

Posted at 09:58 | 教育・TA・学部 | この記事のURL | Clip!!

国境はこう渡る4:テキサスからメキシコへ[2009年11月08日(日)]

river.jpg時は真冬であるはずの一月上旬。周りの人はタンクトップ一枚で歩いている。私もTシャツに短パン。場所はテキサス州のブラウンズビル。周りで聞かれる言葉はスペイン語である。英語の表記もほぼ皆無である。

夕方、心を決めて街の中心部から徒歩でメキシコ入国を試みる。メキシコ側の街の名はマタモロス。

リオグランデ川にかかる橋を渡る時に驚いた、その川の細さ。グランデとは「大きい」を意味するスペイン語。更にこの川はメキシコからの不法入国を防ぐべき「第一の防衛線」の一部を形成する。完全武装の国境警備隊があらゆる場所に配備された大きな川を私は想像していた。実際は、我が故郷の越谷に流れる元荒川よりも細かった。

マタモロスへの期待が一気にしぼんだ。入国して数分後、私の不安はすぐに吹っ飛び、期待以上に異国感溢れる楽しい町に繰り出す事になった。
 

Posted at 13:21 | 国際関係学のススメ | この記事のURL | Clip!!

日米関係の正念場[2009年11月04日(水)]

今朝大学に向かう途中、フィリー中心部全体の地下鉄とバスがストライキで完全に止まっている事に気がついた。フィリー郊外に住んでいる私。普段乗っている電車が動かないので、出来るだけ近くまでバスに乗って行き、そこからは仕方なくタクシーでシブく大学へ。大学に着き、パイプをくゆらせながらマッカーサーよろしくのグラサンを外すw。

フィリーを東京に例えれば東京23区全てのバスと地下鉄含む電車がストップするような物。考えられないでしょ? 全くいつまで続く事やら。

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ここ最近の日米関係、興味深く進展を追っている。民主党の外交チームにとっては大変なプレッシャーだろうが、ここが日本の近い将来の外交の方向性を決める大切な時期だと思うし、このチャレンジを良い機会と捉えて頑張って欲しい。色々な面で押して押されて、結果として中途半端な妥協が見れる。度胸を出して、もう少し強硬に出ても良いと思う。

先週東京を訪れた国防長官のゲーツに脅されようが、今回の日米外相会談が見送られようが、特に心配する必要はない。経済学者のシェリングが言っているような外交上の典型的な手段である。オバマとの会談への「土産」も特になくても良い。堂々と話せばいいだけである。

普天間の問題でさえも、これは日米関係の問題というだけでなく、特に海兵隊を中心とする米軍内の問題から派生しているともアメリカ側は知っている。日本のメディアや民主党員が公的に伝えないだけであり、外務省の人間も私も知っている事である。押されているのは、そして押されるべきなのは日本だけではない。自民党ができなかったくらい堂々とアメリカと接し、民主党が描く日本の外交像を明確に、自信を持って伝えるべきだと思う。

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一青窈 もらい泣き
http://www.youtube.com/watch?v=AOqfFtpxoXA
 

Posted at 11:55 | 国際関係学のススメ | この記事のURL | Clip!!

学部飲み会[2009年11月03日(火)]

月曜は朝から夕方まで学部でぶらぶらしながら、国際関係学科のスペースで同僚とシブく談笑。夕方過ぎからデイビッドが集合をかけて午後8時からフィリーの中央駅近くのパブ Slainte にて夕食会。地元フィリーズとヤンキースのワールドシリーズのゲームを大型テレビで見ながらデイビッド、カイヤ、そしてクリスの三人で談笑。地元のゲームデーという事もあり、客のほぼ全員がフィリーズを応援していた。松井の所属するヤンキースを応援している私は肩身狭しも充分楽しんだ。
 

Posted at 11:52 | 教育・TA・学部 | この記事のURL | Clip!!

なんて難しい世界か[2009年10月31日(土)]

博士課程も大詰めとなってきたこの頃、アメリカの政治学がいかに厳しい世界である事が、部分的にだが少しずつ見えてきた。博士課程の世界に入るためには、10倍、20倍、そして30倍もある入試を突破するだけでも大変な事なのに、入学後の世界はもっと厳しい。

入学後は、学部内でのサバイバルに勝ち抜く事、ファンディングと教授との関係を確保し続ける事、博士論文を上手く進め終わらせること、そして厳しい就職競争に勝ち抜く事などの全てのチャレンジが待っている。そられ全てを考慮すると、入試の段階以前描いていた理想の「教授像」に近い形で卒業できる政治学者は事実上、応募者総数の何千人に一人の割合なのではないか。

アメリカ、イギリスのトップ校のプログラムに在籍する生徒を見る限り、もちろん彼らの総数が多い分、卒業数も(卒業する割合も)比較的多いのだが、そんな中でさえも最高の理想の形で卒業できる人は本当に少ない。ほとんどの生徒は職探しの段階で予想以上に強い競争を強いられ、その多くが予定していたゴールを再設定させられ、ある程度の妥協をしながら将来を模索するのである。

このブログの主旨の一つはもちろん、努力とそれが生み出す結果には一定の比例関係が成り立つと主張し証明する事である。そして過去にも何度かここに書いたように、実際の世界ではその法則には様々な限界があり、多くの場合妥協させられ、多くの場合夢を諦めさせられる。理想が現実に打ち負けるとき、人は悲しみ、苦しみ、休み、そしてその壁を越えようともがく。私は今、少しだがそんな世界にいる。

それでもそのうち光は見えてこよう。それまではじっと我慢して、歯を食いしばって苦労を乗り越えようと思う。
 

Posted at 10:28 | 国際関係学のススメ | この記事のURL | Clip!!

大学最弱のアメフトチーム[2009年10月28日(水)]

あまりの忙しさに休む時間もないここ数日。毎日学部の中を走り回っております。

そんな時でもスポーツには時間を割く。月曜日は今学期3度目の学部対抗のアメフトの試合。過去2試合ともに大敗を喫していたため今度はと、みんなで盛り上がる。特に根拠もなく今回は勝てると思い込み、実際に試合中には使えもしない戦略を練り、酒も入っていないのにゲーム前にはとことん盛り上がる我がチーム。試合前も試合後も円陣が自然に出来て、いい歳した20台後半・30台前半の大学院生の男女が次はやったるぞと大声で叫ぶのである。

もちろん試合は負け。相手は有名なウォートン・スクールのチームで13対0。しかもこの13点はゲームの最後の2分の間に連続して入れられた。ゲームの中ではうちはディフェンスが上手いのだがどうやらオフェンスが弱いようで、今回も結局レシーバーの私がパスを一本受けて20ヤードくらい走っただけで、ここ3試合全て無得点が続いている。

うちはおそらく大学の中でも一番弱い学部なのだろうが、それでも毎週最高に楽しみながらやってる。要は結果じゃなくて楽しむ事だとしっかり熟知しているのである。

火曜日は夕方5時半からみんなで夕食を食べながら、後輩のロゼラがプレゼン。博士論文のドラフトをある程度書き上げたので、それを予め国際関係学専攻の院生10名ほどに回し、発表会にて質疑応答をするもの。1時間だけだが多くの質問を出しながらロゼラに色々な研究の方向、方法論、問題定義の仕方、論文の構成の仕方などたくさん議論した。参加者は私の他にライアン、カイヤ、バーバラ、アリソン、エメリク(1年生)、ダレイ、そしてジョセフ(1年生)。こちらも学部内の unit cohesion の強さを実感した。
 

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国境はこう渡る3:ノルマンディーからサウザンプトンへ[2009年10月25日(日)]

300px-francenormandiecaenav6juin.jpgノルマンディーの古戦場を歩き回った一日。それまで読んだ事しかなかった第二次世界大戦のフランス北部での経験を、実際に現地を訪れる事によって映像化できた事に感動していた。その地域の都市 Caen に帰ってからも興奮は収まらず、町全体を見下ろすケン城を見て、その美しさに感動して歩きながら、今回の旅が今後の自分の人生にどう影響するのか考えていた。

ケンの北に位置するウィストレアムに発着している、イギリス南部の都市、サウザンプトン行きの夜行フェリーに乗ったのはその日の深夜。バックパックの旅行中ということもあり、今回も一番安い席だったので、部屋もベッドを与えられず、文字通り船内で雑魚寝する事になった。大きな船の中の一般エリア、つまり他の人が歩いている場所に自分の「陣地」を確保し、そこで体を休めてどうにか夜を越すのである。

もちろんそんな場所でうまく寝れる訳がない。もはや「良い」席は他の人に占領されている。早々と諦め、荷物を持ってデッキに出た。夜の夏風を感じる。北上する船の右側に渡ると、ルアーブル港の夜景が見えた。

綺麗だった。
 

Posted at 08:02 | 国際関係学のススメ | この記事のURL | Clip!!